パリ・ノートルダム大聖堂と首里城
2019年の火災を超えて 復元と文化遺産の価値を考える
火災発生後の状況 © Philippe Villeneuve
補強 © Philippe Villeneuve
トランセプトの南側切妻の補強 © Philippe Villeneuve
キメラ回収 © Philippe Villeneuve
バットレス下部のアーチ © Entreprise Le Bras
バットレス下部のアーチ © Entreprise Le Bras
アーチの調整 © Entreprise Le Bras
ヴォールトの片付け © Philippe Villeneuve
ロボットによる瓦礫の撤去・分別作業 © Philippe Villeneuve
ロボットによる瓦礫の撤去・分別作業 © Philippe Villeneuve
ベンジャマン・ムートン (訳:河野俊行)
民間企業に対する行政の要請 ノートルダム大聖堂担当の歴史的記念物主任建築家フィリップ・ヴィルヌーヴは、救助及び安全のための緊急介入を行うために、例外的な強制手続きに基づいて民間企業を動員した。非常事態が迫っていたからである。
悪天候 150人の作業員が時間との闘いに追われた。というのも3日後には雨が降るという予報が出ていたのだ。焼け焦げた木材が積み重なっていたヴォールトの上には、身廊、トランセプト (袖廊)、クワイヤを覆う形で、壁から壁へと防水シートが張られた。しかし、尖塔の工事用足場が組まれていた交差部は、依然として剝き出しのままであった...
公共の安全 大聖堂の高い所に位置する石積み部分には、石が落下した場合の危険に備えてネットが張られた。トランセプト (袖廊) の北側と南側の破風は、火災の影響を非常に強く受けて倒壊する恐れがあった。そのため、トランセプト (袖廊) の壁の天端にクレーンで仮設の床を架構し、その上に固定した木製の筋交いと、外側に組まれた足場とで、両側から挟み込んで破風を支えている。この作業に先立ち、破風を飾っていた彫像と非常に脆くなっていた南塔の彫像は、キャンバスとポリスチレンのコルセットで包まれて保護され、クレーンで取り外された。
構造上の緊急性 重い屋根が焼失したことで、ヴォールトの均衡が不安定になった。ヴォールトの推力に抗するため、28本の飛び梁を補強する特注の支持材が、わずか4ヶ月の間に取り付けられた。ヴォールトは、燃え盛る小屋組みの落下で激しく揺さぶられ、炎で熱を帯び、消火でずぶ濡れになった木材の加重な荷重を受けていた。その結果、構造的なバランスが極めて不安定になっていたのだ。建物の上部では、仮設フロアから吊り下げられた作業員たちが、崩壊した木材や鉛を一つ一つ丁寧に取り除いた。そして建物の下では、地上に落ちた尖塔の木材やヴォールトの石材が遠隔操作のロボットで回収され、特定後リスト化され、大聖堂前広場に建てられた大きな仮設の小屋に保管された。
尖塔修復のために設置されていた足場は火災によって過熱し、溶けて接合していた。足場は、尖塔の崩落の衝撃で徐々に元の位置からずれてゆき、トランセプト (袖廊) と身廊交差部の四隅に寄りかかっていた。足場が崩壊すると、それを支えるヴォールトや壁も崩れてしまうため、足場を安定させるために、建物外部及び内部のコルセットとなる2つ目の足場が、わずかな振動を与えることも無いように細心の注意を払って建てられた。尖塔の溶けた足場は、新しい足場から吊り下げられた作業員たちによって、振動を与えないよう一本一本根気よく取り除かれた。
文化財をめぐる緊急事態 高い位置にあるステンドグラスは取り外され、取り外した後の窓には透明な防水シートが張られた。パイプオルガンは断熱され、そのパイプを一本ずつ解体して作業場で除染し、再び組み立てられる予定である...。
過酷な状況下で、昼夜を問わず行われた忍耐強い作業は19か月に及んだ。2020年11月中旬、屋根裏の片付けは完了、交差部の足場も取り除かれ、建物にあった瓦礫はすべて回収された。建物全体が防水シートで覆われているが、ようやく建物は安全と言いうる状態になった。
瓦礫の仮置き場 © Benjamin Mouton
ヴォールト交差部のキーストーン © Benjamin Mouton
交差部の仮設足場 © Philippe Villeneuve
仮設足場の解体 © Entreprise Jarnias
ステンドグラスの撤去 © Philippe Villeneuve
ベイの保護 © Philippe Villeneuve
身廊上部の焼けた小屋組みと屋根の様子。尖塔の落下によって生じたヴォールトの穴や、火災の熱で溶けた足場が見える。 © C2RMF, Alexis Komenda, 2019.
尖塔の修復のために設置された足場の火災後の状況。一本一本解体していく作業は、長く危険な作業だった。 © C2RMF, Alexis Komenda, 2020.
パリ・ノートルダム大聖堂の保存修復を担当する公施設法人のロゴ © Établissement public chargé de la conservation et de la restauration de la cathédrale Notre-Dame de Paris, 2020.
ジョナサン・トゥルイエ、クロディ・ヴォワスナ (訳:河野俊行)
本来は、文化省のイル・ド・フランス地域担当が、差し迫った危険にさらされている建物を保全するためのオペレーションを円滑に遂行する責任を負っていた。彼らは統括マネージャーとして、歴史的モニュメントの主任建築家の責任下に置かれた個別プロジェクトマネージャーの仕事を統括し、その運営管理を実現する任務を負っていた。
しかし火災発生から2日後の2019年4月17日、マクロン大統領は、閣僚会議において、ジャン・ルイ・ジョルジュラン陸軍大将を、諸手続と修復作業を確実に進めるための特別代表に任命した。
2019年12月1日には、2019年7月29日に成立した特別法に基づいて、パリ・ノートルダム大聖堂の保存と修復に特化した公施設法人が創設され、前述したジョルジュラン将軍が指揮を執ることになった。この時点から公施設法人がノートルダム大聖堂の修復保存プロジェクトを司ることとなった。
この公施設法人は、文化省の監督下に置かれた学術評議会及び寄付者委員会と協力するともに、意思決定プロセスに介入する権限を持つすべての利害関係者と協力し、彼らの意見の一体性を保持する。この利害関係者には、大聖堂の所有者である国、今後も大聖堂を使用し続ける聖職者たち、大聖堂の周辺を管理するパリ市などが含まれる。
この公施設法人は三つの任務を負う。それは、第一に、マクロン大統領が設定した「5年以内に大聖堂を修復する」という目標を達成するために、安全性や修復作業のプロジェクト管理を行うこと。第二に、文化遺産の保存に不可欠な伝統やノウハウを伝え、表現する場として大聖堂を強化すること。第三に、修復作業の資金が市民の寄付、とりわけ国民的規模の支援によって賄われていることから、一般市民や寄付者に大聖堂の進捗状況を定期的に情報提供すること、である。
ノートルダム大聖堂の修復を確実にするために、文化遺産の確実な継承に携わる人々、及びその遺産を共通財産とするところの一般市民を、文化遺産の中心におくという試みが導入されている。これは、視野の広さ、目標の高さ、前向きさにおいて、これまでに例のないメカニズムである。これは住民の視点を包摂し尊重するアプローチであり、被災文化遺産の管理について今日行われている国際的な検討枠組みの中において考慮・分析するに値する事例といえる。
アンドリュー・タロン (ヴァッサー大学) が2006年から2012年にかけて実施したレーザーグラメトリ調査から得られた、パリ・ノートルダム大聖堂南面の3次元点群。このキャプチャーは、パリ・ノートルダム大聖堂 CNRS/文化省科学ワークショップの「デジタルデータ」WG の枠組みで、MAP ラボが開発したインタラクティブな 3D 可視化環境から得られたもの © Violette ABERGEL / MAP / Vassar College / Chantier Scientifique Notre-Dame de Paris / Ministère de la culture / CNRS, 2020.
広場のテント下で二重アーチ復元の様子 © C2RMF, Alexis Komenda, 2020.
LRMH の研究者が棟金物の 3D スキャンを行う様子 © Jean-Christophe Monferran, 2020.
クロディ・ヴォワスナ (訳:河野俊行)
4月15日の夜、セーヌ河畔やテレビの前に集まった何百万人もの人々と同じように、科学者たちも、パリ・ノートルダム大聖堂の屋根、小屋組み、尖塔が焼失し、ヴォールトの一部が崩落するのを目の当たりにして呆然としていた。しかしすぐに行動を起こし、行動に加わる必要があった。火災の翌日4月16日、大聖堂の修復を目指す科学者たちの団体が設立された。彼らは、大聖堂に関する知識を当局に提供するとともに、ほとんど未知の大聖堂のオリジナル構造のよりよき理解のために協働することを提案した。
その間に、文化省の研究担当者は現地に入り、被害状況を把握すると同時に、瓦礫の科学的価値を考慮した撤去のためのプロトコルを設定した。瓦礫は、たとえ焼損していても、大聖堂の再建に貴重な洞察をもたらす可能性があるからである。たとえば、壁のモルタルの配合や組成について。石積みに使われている鉄の補強材の役割と起源について。13世紀の木材から当時の気候について分かること。ヴォールトはいつ、どのように作られたのか。
すぐに CNRS (国立科学研究センター) と文化省は、これら研究者の熱意と知識を融合させた大規模な科学ワークショップを共同で設けることを決定した。
現在は、フランス国内の約50の研究所から175人を超える研究者が集まっている。彼らは異なる専門分野に属しており、これまで一緒に研究したことのない人たちである。研究者たちは、石、木、金属、ガラス、構造、音響、デジタルデータ、感情と行動、の8分野に分かれて研究している。彼らは皆、二つの視点から研究を進めている。それは、修復現場に必要な専門知識を提供すること、そして火災がもたらした例外的な状況を利用して大聖堂をより詳細に観察し、材料やその配置さらには無形の側面や文化的な卓越性に関する知識を向上させることで、火災のトラウマを克服すること、である。