パリ・ノートルダム大聖堂と首里城
2019年の火災を超えて 復元と文化遺産の価値を考える
大聖堂の仕分け台を囲むチーム:遺物の選別と写真による記録 © Alexis Komenda, C2RMF, mai 2019.
保管庫での石細工の管理と目録作成 © Alexis Komenda, C2RMF, juin 2020.
保管庫の倒壊物の仕分け作業 © Alexis Komenda, C2RMF, juin 2020.
ドロテ・シャウイ=デリユ (訳:河野俊行)
ノートルダム大聖堂の火災直後、文化省のチーム (地方考古学局、歴史的建造物研究所、フランス美術館研究修復センター) は、他の科学機関の協力も得て、地上やヴォールト上の崩落物を分類し、サンプルを採取するためのプロトコルを実行した。科学者たちは、瓦礫の山の中から保存すべきものを見分けるために、その場しのぎの選別台 (木製の板を簡単なパレットの上に置いたもの) を囲んで作業を行った。地面から集められた瓦礫はリモートコントロールされた機械によって続々と選別台に載せられいった。専門家と考古学者の厳密な吟味検討と、彼らの専門家としての手によって、個々の破片は、その保存状態、重要情報をもつ可能性、遺産的または科学的な「価値」に応じて、「聖遺物」か「廃棄物」という新たな意味が与えられていった。選別台は、身廊と袖廊の交差部ではなく、身廊の北側の通路に設置されて一時的に祭壇に取って代わった。というのも、この切迫した状況下にあって、選別台は回りにすべての「祝福者」を集め、瓦礫の一部を聖遺物として聖別させたからである。
地上に崩落した物の分類のためのプロトコルは、若干改訂されたうえで、ヴォールト上に崩落した物にも適用された。ヴォールト上の崩落物は、ロープでつるされた技術者たちが集め、同じ専門家チームが分類した。この時選別台は大聖堂前の広場に設置されたテントの中に設置された。この第二の大聖堂ともいうべきテントには観光客も信者も来ないが、忠実な分類作業者たちは毎日何十もの大きな袋を受け取り、ロープでつるされた技術者と完璧な協力体制にあることを証明した。
トランセプト交差部で遠隔操作の機械で瓦礫を搬出 © Alexis Komenda, C2RMF, mai 2019.
パレットに置かれた分別された金属遺物 © Alexis Komenda, C2RMF, juin 2020.
作業員によるヴォールト上の遺物の撤去 © Alexis Komenda, C2RMF, février 2021.
ドロテ・シャウイ=デリユ (訳:河野俊行)
何が価値ある残存物なのかについて、現場のコンパニオン*の中で、いつでも直ちに合意が得られるわけではなかった。とりわけ建物の安全性を確保するために一刻も早く取り除かねばならない瓦礫の中に、保存すべき物が埋もれている場合はなおさらだ。しかも、直接アクセスできないので、科学者達は撤去許可を他の者に委ねなければなければならない。地上では、遠隔操作の機械オペレーターが、木組みの部材(しばしば溶けた金属によってくっついたままだ)や多色の石塊を取り出すために、トングやバケツの慎重な扱い方を学んだ。ヴォールトの上では、ロープでつるされた作業員は、尖塔や小屋組みに使われていた金属部材を、焼け焦げた足場の金属部材から見分ける方法を学んだ。大聖堂前広場のテントに設けた選別台の回りでは、選別を担当した石工たちが、中世の手作りの釘を発見する技術を身につけ、様々な素材の専門家たちは、選別やサンプリングの向上のために意見を交換した。
火災から2年が経過した今、作業員の間では「瓦礫」や「残骸」についてもはや何の質問も出なくなった。科学者たちが、遺物を選別するための手法を忍耐強く教え、それによって目と手を鍛えられた作業員たちが着実にそれを実行した。現場のすべての関係者が大聖堂の「遺物」の保存と取り扱いに払った注意は、奇跡が起こったと信じたくなるようなことだった。
訳注*:原語は les compagnons 非常に高度な訓練を受けた建設分野の労働者。2010年11月、「工芸品を通じた知識とアイデンティティの伝達のためのネットワーク」として、ユネスコ無形文化遺産の代表的な一覧表に登録された。
パリ・ノートルダム大聖堂のクワイヤの木組みに使われていた釘 © Cyril FRESILLON / IRAMAT / NIMBE / ArScAn / CEA / Chantier Scientifique Notre-Dame de Paris / Ministère de la culture / CNRS, 2021.
パリ・ノートルダム大聖堂の現場から集めた金属サンプルを研磨 © Cyril FRESILLON / IRAMAT / NIMBE / ArScAn / CEA / Chantier Scientifique Notre-Dame de Paris / Ministère de la culture / CNRS, 2021.
パリ・ノートルダム大聖堂の現場から集めた金属サンプルを走査型電子顕微鏡 (SEM) で観察 © Cyril FRESILLON / IRAMAT / NIMBE / ArScAn / CEA / Chantier Scientifique Notre-Dame de Paris / Ministère de la culture / CNRS, 2021.
マキシム・レリティエ、オーレリア・アゼマ、デルフィーヌ・シルビレー (訳:河野俊行)
材料の研究は、確保と修復の現場から始まる長い一連の作業である。地上であれ、ヴォールト上であれ、あるいは選別台の上であれ、焼け残った遺物の分類は、将来の調査条件を左右する。発見された遺物は、建物にそのまま残っている材料に関わっており、大聖堂の様々な細部についての補完的な考察に研究者を導く。分類、それに続く材料の調査と目録作成は、タイポロジーを構築するのに必須である。タイポロジーは、何を考古遺物として瓦礫から区別し、何を分析対象にするのかについての理論的根拠の基礎となる。溶けた鉛の分析は適切か。炭化した木材の研究は何をもたらし、どのように目録化されるべきか。モルタルや鉄のかすがいの破片からはどのようなサンプルを採取すべきか。こういう問いが提示される。知られているもの、認識されているものだけが、適切な方法で分析できるのである。考古学者や美術史家が、特定の石やモルタルの破片、鉄の破片を研究することに潜在的な意味を見いだすならば、考古学者、地質学者、化学者たちが、その材料をして語らしめ、その目録作成や必要サンプルの採取について方向づけることができるのである。
材料の研究は連続した一連の作業である。物理学的及び化学的な分析結果は、モルタルの品質や鉛の組成を知る手がかりとなるが、何よりも建設者たちが採った選択について問いを提起することができる。たとえば、年代の異なる建築間の連続性・断絶・移行について、また竣工後の補修の跡などについて。多くの場合、材料間の結果を比較対照するために、あるいは当初の仮説を確定 (あるいは否定) するための新しいサンプルを採取するために、現場に戻ることが観察の完了に不可欠である。研究は、さまざまな専門家間の厳しい対話によって育まれる。問いとそれに対する部分的あるいはより確固とした答えをめぐっての、また、遺産調査の場として不可分である研究室と現場の間での行ったり来たりが、この対話の特徴である。