パリ・ノートルダム大聖堂と首里城
2019年の火災を超えて 復元と文化遺産の価値を考える
ノートルダム大聖堂クワイヤの平面図。13世紀初頭の図面 © Museum of the work Notre-Dame de Strasbourg
スキャニング調査 © Andrew Tallon, 2010
スキャニング調査 © Andrew Tallon, 2010
ベンジャマン・ムートン (訳:河野俊行)
修復するために知っておくべきこと
メートル単位の読み取り:測定
確かな知識を獲得するためには、現存するものを忠実に再現する必要がある。実測し、それを平面図、立面図、断面図などに描く。最初の「手作業」による調査は近似値を含み、後続の調査がそれを修正していくのだが、これは「真実を求める永遠の探求」ともいうべき終わりの見えない競争のようなものである。水彩によるレンダリングは、材料、色彩、古色などの情報の再現を可能にした。
写真によって正確な再現が可能になり、それは幾何学画像に発展し、その後、ステレオ写真測量で起伏が再現できるようになり、最近では3Dスキャナーでミリ単位の精度を実現している。
2010年にアンドリュー・タロンがこのプロセスに従ってノートルダム大聖堂の世界初の調査を行い、当時の大聖堂の詳細な状態を示した。その重要性は、2019年の火災以降は決定的なものになった。その後2回目の調査が行われ、火災による影響との比較を可能にした。そして何よりも修復作業に決定的な助けとなった。ひとつひとつの飛び梁が正確に再現されていたので、それぞれを支える仮設アーチを寸法通りにつくることができ、余計な調整作業は不要だった。同じプロセスは、6分割交差部の複雑な幾何学形状にあるヴォールトをアーチ上に配置するためにも使われた。
手作業による調査:読みとく
手作業による調査の意義が失われたわけではない。2014年から2015年にかけて行われたノートルダム大聖堂の構造調査では、現場での直接の目視観察により、極めて有益な情報が得られた。例えば、3Dスキャンで調査された場合、ボルトは点で表現されるにすぎないが、目視調査では、それが18世紀の四角い頭を持つボルトなのか、19世紀の六角頭のボルトなのかを指摘することができる。このことは、歴史、劣化、修理に関する決定的な情報を得ることができる。
この場合、手作業による調査は、正確な再現というよりも、建築や施工について「読みとく」作業なのであり、質的に豊かなものである。
実験の役割
正確に描けば十分というわけではない。切り出し、組み立て、あるべき場所に持ち上げるといった作業が必要になる。実験は、具体的な課題を明らかにし、その解決策を問う。
2020年の春、見習い大工とエコール・ド・シャイヨーの建築を専門とする学生たちは、身廊とクワイヤの木組みを研究し、20分の1の模型を共同制作した。この過程で、組み立てのディテール、施工方法や順序、構造に与える影響など、予想もしていなかった課題が出てきた。模型の大きさが、蓋然性の高い仮説にいたるまでの試行錯誤を可能にした。
2020年6月には身廊のトラスが実物大で再現された。この過程で寸法、組み立て、地上での建て起こしに関する課題、すなわち重量、大きさ、中世の道具、取り扱い方法などに関するあらゆる疑問が提起された。実験的な再現を通した実際の作業は、歴史のなかで実施された工事の諸条件に近づくための帰納的な方法である。
実験の場
技術が蓄積されることで、失われた過去の事実に近づく大きなフィールドが提供され、修復作業のために最高の準備が整えられる。そして施工が進めば、さらに別の情報がもたらされる。こうして、修復作業の素晴らしい局面が開かれてゆく。
真実性に再度触れておく:正しい道具を用いることで、職人の正しい所作が生み出される。こうして作品が生み出された時と同様に作られる。これによって真実性の回復に貢献する。
ノートルダム大聖堂クワイヤ木組みの手動調査 © Rémi Fromont, Cédric Tenteseaux, 2014
ノートルダム大聖堂クワイヤ木組みの手動調査 © Rémi Fromont, Cédric Tenteseaux, 2014
ノートルダム大聖堂クワイヤ木組みの手動調査 © Rémi Fromont, Cédric Tenteseaux, 2014
木組み詳細図 © Rémi Fromont, Cédric Tenteseaux, 2014
ノートルダムの模型。コンパニオン見習いとエコール・ド・シャイヨーの学生により作成 © Compagnons du devoir
ノートルダムの模型。コンパニオン見習いとエコール・ド・シャイヨーの学生により作成 © Compagnons du devoir
ノートルダムの模型。コンパニオン見習いとエコール・ド・シャイヨーの学生により作成 © Compagnons du devoir
リブ・ヴォールト © Benjamin Mouton
交差部リブ・ヴォールト © Viollet-le-Duc, Dictionary
ベンジャマン・ムートン (訳:河野俊行)
ゴシック交差ヴォールト:構造上の原則
交差ヴォールトは、石造りで、2つの直交方向の円弧が交差するヴォールトである。オジーブとは、対角に配されたリブで、ヴォールトを4つに分割する。これが四分割ヴォールトである。
ノートルダム大聖堂の交差リブヴォールトは、平面図上は正方形に近い形をしていた。12.50m (クワイヤ部) から14m (身廊部) もある柱間の幅を覆うために、ヴォールトは高く反り、厚みが16~20cmの軽い石で作られた。クワイヤと身廊のオジーブには梁間方向のリブが追加され、四分割ではなく六分割ヴォールトが作られた。
クワイヤは3つの柱間、身廊は4つの柱間のヴォールトで覆われ、二重のアーチで区切られている。
袖廊交差部のヴォールトだけは四分割で、非常に壊れやすく、今回の火災で崩壊する前にも18世紀及び19世紀に再建されていた。
火災後の状態
ヴォールトは、焼けて落下した木材や、熱、放水等、火災による甚大な被害を受け、3か所が崩落した。すなわち身廊部の2つのヴォールトとその間の横断アーチ、袖廊北翼のヴォールト、そして袖廊交差部のヴォールト全体である。崩落しなかった部分も脆くなっていた。
2010年1月に行われた3Dスキャナーによる調査(アンドリュー・タロンによる)と、隣接する部分の調査の結果、ヴォールトの形状と細部の詳細な分析が可能になった。身廊の横断アーチの石がいくつか地上で発見され、それぞれの場所にスケッチで示されている。
復元
崩落したヴォールトの復元には3つのハードルがある。すなわち、形状の同一性、材料(石とモルタル)の同一性、そして残存するヴォールトと同一の柔軟性である。
これは、地面から立ち上がった足場に支えられた木組みのうえに枠を作り、崩れた部分を、多かれ少なかれ歪んだ残存部分に正確に合わせて、忠実に再現する作業である。
まず、身廊の失われた横断アーチをつくる。再利用に耐えうる石は、アナスティローシスの手法に従って、元の場所に戻される。そうでなければ、元の寸法と性質 (孔隙率、色、密度) の新しい石を用い、もともと使われていたものと同じ軽い石灰目地を使用する。
そして、ヴォールトは、木枠の外形に合わせて、最初は強い傾斜に、次第に平行に積んでいく。交差部の復元も同じ方法で行われ、まずオジーブから始めることとなる。
強化
ヴォールトは、小屋組みの落下と消火放水により多大な影響を受け、ひび割れ、変形、エフロレッセンスなどがみられる。ヴォールト全体は仮設の木組みに載せられる。該当箇所の状態に応じて、石の再配置、目地塗り直し、脱塩、継ぎ目への目地材注入による背面の全般的補強等の修理が行われる。
ヴォールト背面全体は、伝統的に用いられてきた漆喰で覆われる。漆喰のおかげでヴォールトは火災による全面崩壊を免れたのである。
ハイレベルの伝統的ノウハウと現代の科学技術(3Dスキャン、石材・目地材の分析)を組み合わせることで、極めて高度に真実性を回復するであろう。
ノートルダム大聖堂ヴォールト図、エミール・ルコント、1850年 (抜粋)
ノートルダム大聖堂の六分割ヴォールト © Benjamin Mouton
交差部の四分割ヴォールト © Pascal Lemaître in "Notre-Dame, la Grâce d'une cathédrale"
火災後のヴォールトの状況:赤色は負圧 © Philippe Villeneuve
火災後のヴォールト © Philippe Villeneuve
クワイヤのヴォールト © Philippe Villeneuve
トランセプト交差部 © Benjamin Mouton
身廊のヴォールト © Philippe Villeneuve
六分割ベイのアーチ © Entreprise Le Bras
クワイヤのアーチ © Benjamin Mouton
復元すべき身廊のヴォールトとアーチ © Philippe Villeneuve
地面に下されたアーチのキーストーン © Pascal Prunet
地面に下されたアーチのキーストーン © Pascal Prunet
現存部分にあわせて復元される身廊のヴォールト、© Pascal Prunet
現存部分にあわせて復元される身廊のヴォールト、© Pascal Prunet
ヴォールト復元のための伸縮たが © Viollet-le-Duc, Dictionary