パリ・ノートルダム大聖堂と首里城
2019年の火災を超えて 復元と文化遺産の価値を考える
欧州遺産の日:大工道具のプレゼンテーション © Blaise Monferran, 19 septembre 2020.
欧州遺産の日:”国境なき大工たち”による第7トラスの実物大復元 © Blaise Monferran, 20 septembre 2020.
シルヴィ・サグネス (訳:河野俊行)
火災後、建物の状態や修復に必要な技術の調査分析はまだ終了していないが、すでに、修復現場を美術や工芸の前例のないショーケースにすることが期待されている。というのも、これまで長い間、この分野のトレーニングコースの参加者は欠員しているし、適格な候補者がいないせいで、関係会社は採用活動を断念せざるを得ないこともしばしばあったという事実があるからである。作業現場をメディアで紹介することで、いまだに手作業に頼っていて十分な社会的評価を受けていないと思われがちなこれらの職業のイメージを変え、職業意識を喚起することが期待されているのである。「Chantiers de France」(フランスのワークショップ) という言葉が使われるが、教育省は、特定の分野をめぐってグループ化された職業訓練専門家のネットワークに「Campus des métiers et des qualifications」(職業と資格のキャンパス) というラベルを付与することで対応しようとしている。そして2024年に開催予定の「ヴェルサイユ – 遺産と卓越した職人技」というキャンパス・オブ・エクセレンスのプロジェクトでこのスキームが完成する予定である。
同時に、ノートルダム大聖堂の修復を担う公施設法人は、文化の媒介という使命を果たしている。そのため、2020年7月以来、フォトジャーナリストのパトリック・ザックマン氏が建築現場で撮影した写真によって現代の大工たちを紹介している。さらに公施設法人は、国境なき大工協会のコンパニオンに呼びかけ、13世紀の技術で角材を組み上げて作った第7トラスの実物大レプリカを、2020年9月の欧州遺産の日に大聖堂前広場に設置した。
2021年4月「ヨーロッパ工芸の日」は、火災から2周年の時期に開催された。大オルガンの撤去を担当したオルガンビルダーのマリオ・ダミーコ氏、試験用祭室の壁画の修復を担当するマリー・パラン氏、石造彫刻の修復家アメリー・ストラック氏、そして2019年から尖塔の金属像の修復作業を行っている SOCRA の職人たちの姿を、ソーシャルネットワークでのライブ中継またはビデオを通して、オンラインで見ることができる。
このようにノートルダム大聖堂の修復現場は、ノウハウや文化遺産に関連する職業をプロモートするための他の多くのイニシアチブの先駆けとなり、向かうべき道を示している。
欧州遺産の日:実演を楽しむ一般観客 © Blaise Monferran, 19 septembre 2020.
欧州遺産の日:小屋組みは木・・、と金属。伝統技術を再発見 © Blaise Monferran, 20 septembre 2020.
コンパス、指矩、角度器...大工コンパニオンの道具とシンボル © Compagnons du devoir
大工コンパニオンの服 © Compagnons du devoir
現場の大工 © Benjamin Mouton
2010年、ノートルダム大聖堂の身廊屋根とその修復 © Benjamin Mouton
ベンジャマン・ムートン (訳:河野俊行)
「機械時代に生きる我々の中に、手の時代の頑固な生き残りを見るのは、称賛に値しないだろうか?」「手と道具の間には、終わりのない友情が始まる」アンリ・フォシヨン「手の称賛」。
「ブルーカラー」ワーカー※:必須のスキル
それは道具と手と目を使って建物の生存と再生のための鍵を握る者のことであり、彼らは逃れられない責任を負っている。
石工、石彫師、大工、屋根葺職人、建具職人、彫刻師、ガラス職人、絵画や装飾品の修復家.....などが最前線で活躍している。
文化遺産修復のトレーニングは、学校の後、修復現場において師匠から弟子へ伝授されることでなされてゆく。大聖堂創建時の現場をルーツにもつコンパニオン**は、7年間にわたるツール・ド・フランス (フランス及び外国での修業期間) の間に最も厳しい理論と実践の訓練を受け、今日ではこれらの職業のエリートとなっている。
どう実行するかを知るだけでは不十分。以下のことができなければならない
精査し細部を見る目を通して観察すること。精神が解釈し、理解し、命じる。
測量の仕方、図面の書き方、作業の準備の仕方などを知ること。
彫り方を知ること。伝統的に用いられ、今の形に安定するまで何世代にもわたって形作られてきた工具を用いることで、職人の手は自然と先達の職人たちの所作を再現する。こうして真実性が保たれる。
現存部分と調和させつつ、どのように建て、どのように組み、どのように継ぐのかを知ること。
彫り方や造り方を知るだけでは不十分。以下のことができなければならない
古い部分にあわせ、その調和を強化する方法を知ること、材料の木目や筋目を活かし、傷を消し、由緒ある作品に年代相応の美しさを取り戻すこと。これが、修復に期待され、そして加えられるべき価値である。これなくして修復は完了しない。
そして最後に、あたかも自分が介入しなかったかのように、作品の前で身を引く方法を知っておくこと。これは自尊心を犠牲にしたものであり、受け入れるのは難しいが、これこそがこれらの職業の真の高貴さと尊厳である。
そして最後に、伝承
師匠から弟子に対する訓練は重要であり、何世代にもわたって経験と実践を積み重ねてきた企業の役割である。このような企業は、その伝統、ツール、アーカイブ、ライブラリによって、ノウハウと実践の真の保存所であり、今日も熟練した次のようなスキルを持っていなければならない。
このような企業は、現在1万人以上の熟練した有資格者を抱え、彼らの訓練に貢献しているが、実務を行う建築家と共有すべき知識や経験の基礎となる可能性がある。
企業の行動を起こす力こそが今日の遺産保護の基盤であり、特にノートルダム大聖堂再生の基盤となっている。
フランスの大工の伝統は、2010年11月にユネスコの無形遺産条約のリストに登録された。
* ブルーカラーは、労働者の作業着の名前から。
** フランス語で「コンパニオン」とは、非常に高度な訓練を受けた建設分野の労働者を意味する。2010年11月、コンパニオンは、「工芸品を通じた知識とアイデンティティ伝達のためのネットワーク」として、ユネスコの無形文化遺産の代表的な一覧表に登録された。
石彫職人 © Benjamin Mouton
石彫職人 © Benjamin Mouton
石の彫刻工具 © Benjamin Mouton
最新のレーザー洗浄技術 © Bernard Fonquernie
クリーニング用パッドとメス © Bernard Fonquernie
見習い大工と棟梁 © Compagnons du devoir
ノートルダム大聖堂見習いのモデル © Compagnons du devoir
フロランス・バビクス (訳:河野俊行)
2019年のノートルダム大聖堂の火災が世界を動揺させたとすれば、中世の建築家たちから受け継がれてきた不朽のノウハウの結晶たる先達たちの傑作が、煙に巻かれるのを目の当たりにしたコンパニオン達は、特に大きな傷を負ったと言えるだろう。
職人たちにとって、象徴的な、何世紀にもわたって伝えられてきた樫材の小屋組みを失ったという悔いは、そこから学ぶべきことをすべて学び終えていなかったという後悔でさらに拡大した。
この痛ましい喪失は、コンパニオン達による救済プロジェクトを生み出した。それは「森」*を復活させ、その模型作成を通して当時の設計者の創意工夫を明らかにすることである。
7年間の国内外での修業期間であるツール・ド・フランスの終わりに、十数名の若い大工たちが、ノートルダム大聖堂の小屋組みの20分の1の模型を共同制作した。この作業には、同数のエコール・ド・シャイヨーの若い建築家たちも参加し、ある者は自分の図面をもとに模型を作り、ある者は先達建築家の図面を分析した。最終目的は、失われた小屋組みを復元したこの大型模型を公開することにあった。
ノートルダム大聖堂の修復を担当するプロジェクト管理チームとの緊密な連携のもと、コンパニオン、エコル・ド・シャイヨーの教師、遺産建築家、歴史家、その他の経験豊富な専門家で構成される学際的な科学・教育チームが、失われた小屋組みの知識や、進行中の調査を進捗させるために、関心のある主要課題や本質的な質問を特定した。
2014年から2015年にかけて、2人の文化遺産建築家セデリック・トラントゾとレミ・フロモン (ACMH) が、手作業と測量計を用いて行った身廊とクワイヤの小屋組み調査が、この作業が拠り所とした主な資料であった。
彼らは、大工の残した痕、金具、補強、変形、組み立ての詳細、再用材、その他特筆すべき特徴など、小屋組みの成り立ちを示す貴重な痕跡の山を、誠実に調査してまとめ上げた。
これらの資料は、大聖堂の記録の空白部分を相当程度埋めており、今日、当初の状態への復元の根拠の一部となっている。
若い大工たちと、共同作業した "シャイヨタン "と呼ばれる建築家たちは、この共同プロジェクトのために、それぞれの意見と技術を相互補完的に交換した。
例えば、トラスを立ち上げる方法と、作業手順に関する仮説を確かなものとした。後陣の一番手前のトラスの安定性を補強しつつ十字架を支えるための木材の、複雑な配し方を解明した。ヴィオレ=ル=デュックとラシュスが、中世の小屋組みの中心に新しい尖塔を建てるための架構に採用した、連続性の原則にも光を当てた。
また彼らはさまざまな計算方法を用いて、小屋組みと屋根が石積み壁に与える構造的な影響を明らかにした。
これらの進展は、-そのいくつかはノートルダム大聖堂の今や失われてしまった仕事を知り、理解する上で決定的なものである-修復建築家が修復計画を練るにあたって行う考察をサポートすることとなった。
*ノートルダム大聖堂の小屋組みにつけられたニックネーム